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東京地方裁判所 平成10年(ワ)2486号 判決

原告 X1

原告 X2

右両名訴訟代理人弁護士 谷眞人

同 難波英俊

右訴訟復代理人弁護士 西口信良

被告 ロイヤル・ウィルソン・リゾート株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 西村國彦

同 船橋茂紀

同 松井清隆

同 泊昌之

同 蓮見和也

同 松尾慎祐

同 河合弘之

同 服部弘志

同 角谷雄志

同 町田弘香

同 松村昌人

同 市村隆行

同 本山信二郎

右訴訟復代理人弁護士 栗宇一樹

同 和田聖仁

同 早稲本和徳

同 久保田伸

主文

一  被告は、原告X1に対し、平成一二年二月二〇日限り金七七〇万円及びこれに対する同年同月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、平成一二年一月三一日限り金七七〇万円及びこれに対する同年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求(原告の求めた裁判)

主文同旨

第二事案の概要及び争点

一  事案の概要

本件は、被告が経営するゴルフクラブの会員である原告らが、右ゴルフクラブの会則による預託金返還の据置期間が満了するとして、満了日をもって退会して預託金の返還を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠上あるいは弁論の全趣旨から容易に認定しうる前提事実

1  被告はゴルフ場「ウィルソンロイヤルゴルフクラブ」(以下、本件クラブという。)を経営する会社である。

2  原告X1(以下、X1という。)は、平成二年二月二〇日に、原告X2(以下、X2という。)は、平成二年一月三一日に、それぞれ被告との間で、本件クラブにつき、預託金七七〇万円を、据置期間を預託した日より一〇年間とし、預託者より退会の申し出があったときに返還するとの約定で、入会契約(以下、本件契約という。)をし、それぞれ右同日に被告に対し、預託金として金七七〇万円を預託した。

3  本件クラブの会則六条但書によれば、クラブ運営上やむを得ない事情がある場合には、クラブ理事会または会社取締役会の決議により据置期間を更に一〇年間以内の相当期間延長することができるとされている。

4  被告の取締役会は、平成九年三月一二日、本件クラブ運営上やむを得ない事情があるとして、預託金の据置期間を一〇年間延長する旨の決議をなし、本件クラブの運営委員会(旧理事会)は、同年五月一六日、預託金の据置期間を一〇年延長する旨の決議をした。

5  X1は平成九年一一月一九日に被告に到達した内容証明郵便をもって、据置期間満了日である平成一二年二月二〇日をもって、本件クラブを退会し、同日をもって預託金七七〇万円の返還を求める旨の通知をした。

6  X2は平成九年一一月一九日に被告に到達した内容証明郵便をもって、据置期間満了日である平成一二年一月三一日をもって、本件クラブを退会し、同日をもって預託金七七〇万円の返還を求める旨の通知をした。

三  争点

1  原告らは本件クラブを退会したことをもって預託金の返還を請求するところ、被告は、

(一) 預託金の返還を求めるためには、本件クラブから退会することが前提であり、退会するためには適法に本件クラブから退会すること、すなわち退会の意思表示のほかに、退会の意思表示を正当化する事由(正当事由)が退会の意思表示時点で具備されていることが必要である。

本件会員契約は継続的給付を目的とする継続的契約関係にあり、継続的契約関係の解消には継続的契約の性質上、契約関係を維持することを期待しがたい重大な事由すなわち正当事由が退会の意思表示時点で具備されていることが必要である。

そして、右にいう正当事由とは、継続的契約関係を終了させてまで預託金償還請求権を行使すべき社会通念上相当と認められる必要性を意味する。預託金会員制度のゴルフ場のシステムからして、通常の場合には、預託金を強制的に償還させることは、健全に経営しているゴルフ場の経営破綻を強制して、清算解体を行って返還を行おうということを強いることになり、これは社会通念上著しく不当な結論を招来するものとして、正当事由を具備しない。原告らは右正当事由について主張立証しなければならい。

(二) 仮に原告らの退会が適法なものであったとしても、

(1) 会則六条但書による延長決議がなされている。すなわち、原告らは本件会員契約を締結するにあたり、本件クラブの会則内容について事前に承認しその承認したことを証するために、「今般、貴クラブ会則並びに諸規則承認の上入会を申し込みます。」と明記されている入会申込書に記名捺印して会則規則の条項の存在を承認したうえで本件クラブへの入会を申し込んでおり、原告が承認した右会則には、「クラブ運営上やむを得ない事情がある場合にはクラブ理事会または会社取締役会決議により、据置期間を更に一〇年間以内延長することができる。」(会則六条但書)と明記されているのであり、原告は「クラブ運営上やむをえない事情がある場合には」据置期間が更に一〇年間以内の相当期間延長されることを事前に承認したうえで被告との間で本件会員契約を締結したものである。したがって、右措置期間延長条項は原告ら自身が予め包括的に承認していたのであり、被告原告ら間の契約の内容の一つになっているのであるから右据置期間延長条項の要件に該当する事態が発生した場合には、預託金返還期限が理事会または会社取締役会の決議により延長できることは契約内容の実現として当然である。

会則六条但書は、ゴルフ会員契約の集団的性格及び団体的性格を踏まえたうえで予め明記された規定であり、「クラブ運営上やむを得ない事情」という絞りをかけており、単に被告の取締役会決議または理事会決議のみに依拠するものではなく、本件クラブの存続を図り、もって会員の優先的プレー権を守るという合理的事由を理由とする客観的事情によってその延長すべき必要性を判断するというものであるから、据置期間の延長が債務者の意思のみにかかっているとはいえない。

ゴルフ場の預託金は経済的機能の面から考察すると、出資金であり、用地取得、施設の建設等に充てられている。そのため、一定数以上の返還請求が同時に行われた場合、理論的にも現実的にも返還は不可能である。そうであるからこそ、ゴルフ会員契約は預託金の消費預託契約を本質としているのではなく、ゴルフ場会社が会員に優先的プレー権を提供することを中核とする継続的役務提供契約であると理解されているのであり、預託金の据置期間が延長することが予定されているのであるから、会則六条但書は合理的な規定である。

(2) 集団的性格、団体的性格を有しているゴルフクラブ会員契約の目的、趣旨に鑑み、「やむを得ない事情」とは、ゴルフ場を維持する観点から預託金の据置期間を延長すべき必要性且つ合理性のある場合を意味するところ、バブル崩壊後の近来の本邦の経済事情の影響により、被告の経営するゴルフ場(以下、本件ゴルフ場という。)を巡る経済事情も著しく苦しい状況にある。ゴルフ場経営会社が資金的に逼迫している状況にあることをなんら省みず、固定資産に比して非常に少ない流動資産、内部留保資金を取り崩したうえ、少数の会員に対してのみ預託金を返還することは、会員平等の原則に反する不公平且つ詐害的な行為であるというべきであり、更に、このような事態は本件クラブの運営に著しい支障を生じさせるものである。その結果、本件会員契約の目的である本件クラブの維持発展、会員の優先的プレー権の保護が図られなくなってしまう。

ゴルフ場経営会社である被告が集めた預託金総額金一六七億九一二六万円の大半である金一二七億九一二六万円を本件ゴルフ場の開発資金、ゴルフ場造成費用、クラブハウス建設費用、進入道路建設費用、災害による改修費用、ホールの改修工事等に設備投資する等、誠実に預託金を運用していた。ホールの改修工事については現在も今後も行っていく必要がある。

被告が本件ゴルフ場を開場して以来、今日までコースの整備、改修を行うなど真摯な態度でゴルフ場事業を継続してきた。

経済事情の変動のためゴルフ会員権相場において本件ゴルフ場の会員権価格がピーク時の一八分の一以下の価格にまで下落し、下落の幅が予想外に大きかった。

経済事情の変動に起因してゴルフ場入場者数が減少するとともに客単価も減額(他のゴルフ場入場者数の減少等一般的な状況も含む。)した。

本件ゴルフ場の運営を維持するのに必要な経費、必要な債務の支払等と本件ゴルフ場の売上等を比較した場合の収支状況、及び内部留保資金を現時点において被告が請求を受けている預託金合計金額との比較から考えると、預託金の返還に対処することは不可能である。

ゴルフ場経営は経済状況の動向に左右される事業であり、バブル経済崩壊後の極端な沈滞ムードから脱却できない経済情勢にあり、ゴルフ場会員権市場は過去に例がないほど相場が大幅に下落していて、当該相場が今後長期的に見ても全体的に浮上できない状況にある。

預託金の償還原資は結局本件ゴルフ場の収益に尽きるところ現況の不況下においては近い将来営業収入を大幅に見込むことはできない。

専属の公認会計士及び税理士が本件ゴルフ場の経理を検討した結果から預託金の償還に応じることは本件クラブの解体清算という状況になるだけで据置期間を延長するほかないということである。

大規模且つ長期的な不況の中、ゴルフ場に融資を実行する高利業者以外には存在しないし、無理な借入は一層財務状況を悪化させることになることから預託金償還の原資を借入によって賄うのは大多数の会員にとって望ましくない措置である。

被告は大多数の会員に再度据置期間の延長の必要性を問うべく、運営委員会の委員を会員の選挙によって選任する手続きを行った。

据置期間を延長しなければ、被告が倒産することは必至であり、そうなると一般債権者である会員の配当額は額面額の一パーセントということになってしまうし、会社更正、和議によっても倒産というイメージが定着するため、会員権の価格は急落し、また本件クラブの会員であることによって享受しているステータス感も損なわれることにより、会員権の財産的価値は著しく阻害されてしまう。

現在の日本経済は不況から脱却することができず、ゴルフ会員権市場も最悪の状態であるから、預託金償還問題を抜本的に解決するためには著しく困難であり、解決するのに十分な期間としては一〇年間が必要である。

ゴルフ会員契約は集団的契約関係であるから、ゴルフ場の存続問題など重要な局面においては多数決原理が適用され、個々の会員の権利に一定の制限が生じることは当然であり、預託金据置期間の延長も右の一例であるので正当化される。

以上のことを総合的に考慮すれば、預託金の据置期間を延長すべき必要性且つ合理性のある場合に該当する。

(3) そもそもゴルフ会社は、会員の投下資本の回収が市場における売却によって行われるという実体に着目し、市場価格を予測して預託金額を決定していたのであり、右設定した預託金額が市場価格を著しく下回らないようにできていれば返還請求の発生を回避することができたので、据置期間の満了した会員全員から一時に返還請求を受けるという事態を想定していなかった。

このことからゴルフクラブ預託金返還債務というのはゴルフ場施設の存続を前提とする限り、その据置期間満了までに実質上その全額を会社自身が予め蓄えておくことを予定していないのである。これは、銀行などの金融機関が、預託者全員から預金全額につき一時に返還請求を受けるというような事態を想定していないことから、返還請求に見合うだけの返還資金を常に現金資産で予め蓄えていないのと同様であり、合理的判断である。

ところが、バブル崩壊後の平成不況下において、会員権価格は六分の一以下、ゴルフ場によっては一〇分の一以下に落ち込んでおり、且つ、その期間も極めて長期に及んでいるため、投下資本の回収は市場による売却という契約締結時の基礎事情が全く変化し、預託金制度のメカニズムが全く機能しなくなったため、預託金返還請求が殺到する事態に陥った。このような事態は事業者及び会員の契約の当事者を含め他の誰にも予測できなかったことである。

ゴルフ会員契約は継続的契約であるから、事情変更の原則の適用が比較的容易である。

原告の請求が認容されれば、他の会員の返還請求が続出しゴルフ場の経営は継続できなくなる。逆に、請求が棄却されれば、他の会員も返還請求を断念し、ゴルフ場は従来どおり経営を継続でき、会員のプレー権(相場が回復することにより実質的には預託金返還請求権)を保護しうることになる。事情変更の原則を適用することが大多数の会員の権利保護に資するのである。

原告の請求を棄却されることにより、本件ゴルフ場会社の預託金返還対策は一応の決着をみて、このことが市場で好意的に評価され、早期の相場回復が達成されることにより、原告は市場による売却により早期且つ確実な投下資金の回収が可能となる。よって、事情変更の原則の適用をしても原告にもさほどの被害を与えない。

法解釈における「維持の精神」は重視されるべきであり、健全に活動しているゴルフ場をつぶすべきではないという配慮が働くのは当然のことである。

ゴルフ場経営会社の側のみならず、一般の会員、事実上の監督官庁である通商産業省、各種マスコミなどによっても、事情変更の原則の適用が肯定されるような意識が形成されていると見られる。

右のようなゴルフ会員権の法的性質ないし会員権の権利の性質からして事情変更の原則の適用が積極的に肯定されるべきである。

として、会則六条但書の有効性、延長についての右但書の要件該当性を主張、さらに事情変更の原則による契約内容の改訂としての延長を主張する。

(三) 右被告の主張に対し、原告は、

(1) 本件クラブの会則(以下、単に会則ということもある。)では、本件クラブの理事会の構成につき、「理事長は会社取締役会で推薦し、会社の代表者がこれを委嘱する。理事は理事会及び会社が推薦し、理事長がこれを委嘱する。」と規定されており、会員の総意とは無関係に被告が専断的に選任することが可能となっている(会則一五条)一方、会員は単に「年会費を納める」旨定められているのみで(会則九条)、会員総会の設置等、会員の意思を本件クラブの運営、管理に反映する手段が会則には全く規定されておらず、また、クラブの会計についても「すべて会社においてこれを行う」ものとされていることからも(会則二二条)、本件クラブに固有の財産はなく、それゆえ会則にはその運用に関する定めも何ら存在しない。そうすると本件クラブは理事の構成、固有財産の有無、及びその管理等から被告の支配下にあり、被告と理事会は同一視される。

会社と同一視される理事会が、その決議によって会員の重要な権利である預託金返還請求権の履行期を一方的に変更するには、個々の会員の同意が必要であり、会員を拘束しない。

本件クラブの会則には、「クラブ運営上やむを得ない事情がある場合」には理事会または会社取締役会の決議により据置期間を延長しうる旨の規定があるが、この様な会員の重要な権利を会社の人選による理事会の決議で勝手に変更することは許されないし、取締役会の決議に基づく場合も同様である。また、「クラブ運営上やむを得ない事情がある場合」というのは曖昧であり、かつ経営会社の経営努力や経営判断に依存する要素が強く極めて主観的なものである。そして、本件クラブは理事の構成、固有財産の有無、及びその管理等から被告の支配下にあり、被告と理事会は同一視される。

とすると、理事会と被告が同一視される存在である以上、預託金返還請求権の債務者である経営会社が、随意に弁済期を変更できることを定めたものとして、民法一三四条(純粋随意条件)により無効である。

(2) 仮に有効であるとしても、会則六条但書は一方の契約当事者である被告の取締役会または被告と同視される理事会の意思のみで他方の契約当事者の権利を制限することができるというものであるから、その解釈は厳格になされるべきである。

したがって、「やむを得ない事情」とはいわゆる不可抗力事態(天災・地変)に類するものを指し、ゴルフ場の経営環境の悪化等の経営変動などのよるゴルフ業界の不況などの事態は含まれない。

(3) 会社と理事会が同一視されない場合も、契約当事者の一方的都合により据置期間を延長することは、自己の経営努力のなさを預託会員に転嫁することであるから、個々の会員の同意がない限りおよそ不可能であり、多数決原理ないし社団法理を濫用するものであって、権利の濫用として許されない。

(4) 銀行などの金融機関は内閣総理大臣の監督下に置かれる一種の公的な機関であり、完全な私的団体であるゴルフ場の経営会社を同列に論じることはできない。また、銀行などの金融機関の場合は、預金者が、一時に預金の返還を求めた場合、日本銀行法三八条に基づく日本銀行による特別融資により、最終的に預金者は保護される体制が整っているのである。この様に預金者の取り扱いにつき両者は決定的に異なるものであり、同一に扱う前提がそもそも不当である。

会員の投下資本回収手段として、会員がゴルフ会員権を譲渡するか経営会社に対し、預託金の返還を求めるかは会員の自由な判断の下に行われてよいはずである。にもかかわらず、経営会社が預託金はあくまで会員権の売買により回収されるべきものであり、経営会社は経済情勢の変動に関わらず、本来的に預託金返還資金を積み立てていないで会員は経営会社に預託金の返還を求めるべきでないとすることは明らかに独断である。

とすれば、経済情勢が固定的なものでなく、当然に変動可能性を有している以上、預託金がゴルフ会員権の市場価格を下回ることも当然予想されることであり、会員が投下資本回収のため、経営会社に預託金の返還を求めることも当然である。

以上からすれば、預託会員が経営会社に預託金の返還を求めることは経営成立当時の基礎事情にはなんら客観的な変動もないことになる。

バブル崩壊後も不断の経営努力により、健全に経営を行っているゴルフ場は存在することを考えると、従来の自らの経営努力をなんら評価することなく、単にバブルがはじけたとの一点をもって経営会社に帰責性がないとはいえない。

経済情勢は当然変動可能性を有しており、常に上昇し続けることはありえないから、預託金が市場価格を上回ることも十分に予想でき、とすれば、会員による預託金返還請求権が経営会社に行使されることは明らかに予想できる事柄である。

と反論する。

3  したがって、本件の主要な争点は、

(一) 原告らの退会は適法か。すなわち、退会に際して被告の主張する正当事由が必要か否か。

(二) 原告らの退会が適法な場合、延長の抗力が原告らに及ぶものか否か。すなわち、

(1) 会則六条但書は有効か。

(2) 延長は右但書の要件を満たしているか。

(3) 事情変更の原則による延長が認められるか。

であるということができる。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりである。

第四当裁判所の判断

一  〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件クラブは被告が経営管理するゴルフ場の施設を利用するものであり、事務所も被告社内に設置されている。

2  本件クラブの運営に関する事項や諸規則の制定、改廃等は理事会において決議され、被告がこれを執行し、会計も被告において行われている。

3  理事会は、被告の取締役会で推薦し運営会社の代表者が委嘱した理事長並びに理事長及び被告が推薦し、理事長が委嘱した理事によって構成されていた。

4  平成七年ころ、理事会は発展的に解消され、代替として運営委員会が発足した。平成九年五月当時の右委員は、会員四名、有職者五名、被告側五名で構成されていた。

5  本件ゴルフ場は六九五三ヤードの十分な距離のあるコースで、コース内には池や滝がレイアウトされており、定期的に整備改修が行われているうえ、平成七年には各ホールへのスプリンクラーも設備され、平成九年六月からはカート道路の整備が始められた。

6  平成九年五月一六日、運営委員会が開催され、本件ゴルフ会員権価格がピーク時の約四五〇〇万円から約二五〇万円にまで下落していること、不況下にあって近い将来営業収入の大幅な増益が見込めないこと、公認会計士や税理士が検討した結果預託金の償還に応じることは本件クラブの解体清算につながるといった理由で、一名を除く賛成多数で預託金の据置期間の延長が承認された。

7  平成一〇年三月一二日、運営委員会及び被告は、会員の意見を運営に反映するべく、運営委員七名について会員による選挙制度を実施することとし、その結果会員の中から七名の運営委員が選出され、同年六月一日から新たな運営委員会が発足した。

8  現在、運営委員会及び被告によって、本件クラブの預託金について他のゴルフ場の永久会員権や他のゴルフ場の会員権へ変更をする旨の代替措置が提案され、会員の同意を得るべくスタッフが会員の許を訪問している。

9  平成九年八月三一日における被告の現預金額は五一二七万八六五〇円であった。

10  本件クラブの預託金総額は、一六七億九一二六万円であったところ、用地買収、施設建設、開発費、公共施設負担金、地域対策費、他のグループ内ゴルフ場開発費の運用資金等ですべて費消された。

二  預託金制ゴルフクラブの会員権について

1  思うに、本来クラブとは、ある共通の目的を有する者の団体であり、したがってゴルフクラブとは、本来ゴルフを通じて会員各自の技術の向上及び会員相互の親睦を図る目的で結成される団体であるというべきである。そして、右のような会員共通の目的を達成すべく、その組織、運営等については構成員である会員によって主体的に定められる団体というべきである。

ところで、預託金制ゴルフクラブにおいては、会員は経営会社に対して預託金を支払い、かつ年会費等を支払うことにより施設の利用権と退会の際の預託金返還請求権を取得する一方、クラブ自体の運営は経営会社が主体となる理事会によって行われるものであって、会員がその組織、運営等について主体的にこれを定められるものではないから、クラブなる名称を用いていたとしても、その会員としての実態は前記したような債権的な契約上の地位に過ぎないというべきである。

2  かような預託金制ゴルフクラブが数多く設立された大きな理由としては、預託金という形で預託された資金を運営会社が施設の建設に使用でき、かつそれが預かり金であることから運営会社には税金がかからないというメリットがあったためということができる。

もとより、会員にとってはかような形態であっても施設利用権、預託金返還請求権が確保できればそれでよいとの判断があったともいうことができ(比較的安価に会員となることができるうえ、純粋にプレーのみを楽しむことができ、運営等に煩わされないという点を評価したということもできる。)、そうすると、本来のクラブとは異なり、双方の利益が合致した結果成立した契約であって、本来のクラブと比して団体性が希薄であるということができる。

3  本件クラブもまた預託金制のゴルフクラブであり、前記認定事実によれば、経営会社である被告及びこれと同視しうる理事会によって運営されていたものであるから、会員としての原告らの地位も、年会費等を支払うことにより施設の利用権と退会の際の預託金返還請求権を取得するという債権的な契約上の地位に過ぎないものということができる。

三  退会に正当事由は必要か。

1  被告は、退会の意思表示の時点で正当事由が具備されていることが必要だと主張し、その理由として本件会員契約が継続的給付を目的とする継続的契約関係にあり、その性質上、契約関係の解消にあたっては契約関係を維持することを期待しがたい重大な事由すなわち継続的契約関係を終了させてまで預託金償還請求権を行使すべき社会通念上相当と認められる必要性が要求されるとする。

2  しかしながら、前記認定事実から本件会員契約がゴルフ場施設の利用等を含む継続的契約の側面を有することは否定できないものの、前述した預託金制ゴルフクラブにおける会員の地位を考慮すると、このことをもって契約関係の解消にあたって正当事由を必要とする契約と解することはできない。

むしろ、専ら当事者の経済的利益が合致して成立したということができる預託金制ゴルフクラブにおいては、団体性が希薄であり、だからこそ単なる据置期間の経過のみで預託金が返還されるという合意が成立しえたのであり、会員もまた団体の継続性を考慮することなく退会が可能であり、退会時には預託金が返還されるとの期待を有していたものと解するのが相当である。

3  原告は預託金制のゴルフクラブのシステムからして、通常の場合には、預託金を強制的に償還させることは、健全に経営しているゴルフ場の経営破綻を強制して、清算解体を行って返還を行おうということを強いることになり、これは社会通念上著しく不当な結論を招来するとするが、前述のように団体性が希薄な預託金制ゴルフクラブにおいては、かような団体性を全面に出してその維持を図る方向での立論は採用することはできない。

四  会則六条但書について

1  預託金制のゴルフクラブにおいては、前述のとおり、会員の地位は債権的な契約上のそれに止まるものであり、かつかような会社任せの運営であることを了知しつつ入会したものということができる。したがって、運営や規則の制定、改廃に関しては専ら運営会社あるいは理事会等がこれを行うことは会員において想定済みのことであり、預託金返還時期の変更もまた運営及び規則の制定、改廃の一環であるから、運営会社あるいは理事会等がこれを行う旨規定されていたとしても、一概に無効ということはできない。しかしながら、本件クラブの会則六条但書のような預託金の据置期間に関する事項については、預託金返還請求権という専ら経済的利益が合致して成立した契約の当事者にとって極めて重要な事項であることから、その解釈にあたっては慎重にこれを行う必要があるものと考える。

2  思うに、やむを得ない場合に預託金の据置期間について例外的にその延長を図り、支払いを延期する旨が合意されているということは、かような場合には支払いを延期することが当事者間の信義則あるいは公序良俗に適うものであるという当事者間の合理的意思に基づいたものであると解される。

してみると、やむを得ない場合に該当するか否かは、据置期間を延長すべきやむを得ない事由がある例外的な場合とはどのようなものとして合意されているかという契約当事者の意思解釈の問題としてとらえるべきであり、具体的には、右例外的な場合を定めたことを考慮に入れつつ、当該契約が合意に至った態様やその背景事情を総合的に勘案し、やむを得ない事由とされるものの内容とそれにより据置期間を延長するという対処方法が契約当事者の通常の意思であるといえるか、また、そのように解するのでなければかような規定が設けられた趣旨を没却することになるかという見地から契約当事者の合理的意思を定めるべきである。

ところで、当時のバブル経済下における認識として、ゴルフ会員権価格なるものの相場が預託金額よりも高額であり、したがって当事者双方には会員権の売却により会員の投下資本を回収し得るという判断もあったものということができる。他方、預託金自体が据置期間の経過後に退会すれば返還される(だからこそ預かり金として使用できたのである。)旨の約定がある以上、会員になろうとするものとしては、据置期間さえ経過して退会すれば、最低限預託金分を回収し得るものと期待するものであり、他方運営会社としても、会員の投下資本の回収については第一次的には会員権取引による売却を考慮していた以上、同様であるというべきである。もちろん、以前のオイルショックによる会員権取引価格の下落を見越して六条但書のような規定が設けられたものだということは弁論の全趣旨から認められるところではあるものの、かような説明が入会者になされたことを認めるに足りる証拠はない。

3  かような当事者双方の認識を考慮すると、最低限の投下資本の回収として位置付けられていた預託金の据置期間が延長される事態とは極めて例外的な事態であって、ゴルフクラブ自身の破産や天変地異といった客観的かつ明白に返還が不能な場合のほかは、契約時と比して重大な経済事情の変更があり、これを行わねば(延長せずに返還に応じれば)ゴルフクラブの運営が立ち行かなくなるだけではなく、延長することによってその返還が可能となるような場合でなくてはならないというべきである。けだし、かように当事者間において最低限の投下資本の回収として位置付けられ約定された支払方法が変更される場合には、個別に猶予の合意を得るか、第三者により延期後の返還の見通しが立てられ、かつ債権者の法定多数の同意という厳格な要件が課された和議や会社更生といった再建制度を利用するしか方法がないところ、単に重大な経済事情の変更があり、これを行わねば(延長せずに返還に応じれば)ゴルフクラブの運営が立ち行かなくなるということのみをもってこれらと同様の結果を生じせしめてしまう(しかもこれらの場合に比して返還の可能性についての担保がないのである。)ることまでは当事者間において予想されていないものであり、したがって当事者の合理的意思に反するというべきだからである。

4  そこで案ずるに、契約時と比して重大な経済事情の変更があり、据置期間の延長を行わねば本件クラブの運営が立ち行かなくなる可能性があることについては前記認定事実から認められるところであるが、その延長の期間について被告は、今後預託金償還問題を抜本的に解決するためには著しく困難であり、解決するのに十分な期間としては一〇年間が必要であると主張するに止まり、右期間の経過によって延長後の返還が可能となることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告の主張する据置期間の延長は会則六条但書の要件を満たされず、その効力は、認められない。

五  事情変更の原則の適用

被告は、バブル経済の崩壊という重大な経済事情の変更に鑑み、事情変更の原則を適用することが大多数の会員の権利保護に資するとも主張するようである。

思うに、人知のはるかに及ばない大規模かつ重大な天災地変が生じたような場合は格別、契約当時に一般人において予測し得ないような経済事情の変化が生じたからといって安易に事情変更の原則を適用して契約の拘束力を否定することは契約の信頼度が著しく低下する虞れがあることから、慎重に行うべきであることはいうまでもないことであるから、事情変更の原則を適用するにあたっては、当事者の自助努力がなんら意味をなさないような事態において契約の拘束力という私法上の当然の前提を否定してもそれを適用することが正義に適うような場合でなくてはならないと考える。

そうすると、ほとんどすべての契約についてその拘束力を否定することが正義に適うような事情の変更があったと認められる場合に限り、事情変更の原則が適用になるものというべきであるところ、現在のところかような事情の変更があったものとまでは認めることはできないから、被告の主張を容れることはできない。

六  前記認定事実によれば、被告は運営委員会を発足させ、契約当初と運営の形態を変えることまでして本件ゴルフ場の再建に真摯かつ懸命に努力していることが認められ、現在も預託金返還請求権の代替措置について会員の同意を得るべく奔走していることが認められる。

かような被告の真摯な努力については当裁判所としても最大限の評価をしうるものであるが、事実を認定し法の解釈適用を行う立場にある当裁判所としては、既述のような判断をなすほかない。

また、預託金額とゴルフ場の規模を考慮するとその資産に対する競売が事実上困難であることや、管理会社に運営を委ねているケースが多いと思料されるゴルフ場経営の実態を考慮すると強制執行による権利の実現が事実上困難であることは想像に難くないところであり、本判決が仮に確定し期限が到来したとしても、被告による任意の支払い以外には原告の権利の実現の可能性が極めて低いものとも思われる。

したがって、裁判による権利の実現という制度の限界あるいは無力さを痛感しつつ、主文のとおり判決するものである。

(裁判官 野口忠彦)

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